2012年6月14日木曜日

青森・岩手を訪問しました ~ 九州トリム体操協会


九州トリム体操協会では、58日から34日で
23名の参加者のもと、青森、岩手を訪れました。
この旅は、被災地訪問を兼ね、特別な思いで臨みました。

青森は、ソメイヨシノや八重桜がちょうど満開を迎えていて、
チューリップやラッパ水仙などの花々に出迎えられました。
山にはいまだに残雪が残るものの、木々には新芽が芽ぶき、
水芭蕉や蕗のとうが春の訪れを告げていました。
その日の夕食には、蕗のとうが天ぷらとして出され、
自然の恵みをかみしめたひと時でした。
奥入瀬渓谷散策も、この旅の目的のひとつであり、
石ケ戸の場所から出発し、十和田湖までの9㎞の道のりを
ゆっくり3時間程かけて川縁の遊歩道を歩きました。
場所によって川幅が異なり、それによる水流のリズムの変化や
鳥のさえずりを聴きながら、山菜や野花を眺めたりと、
大変気持ちのいい散策となりました。













そうした自然の豊かさに心を癒されながらも、
岩手県の被災地を目の当たりにした時には、テレビを通してでしか
見ていなかった光景に茫然と言葉も出ませんでした。
震災から一年が経っているにもかかわらず、
いまだあちらこちらにがれきの山があり、
車の瓦礫はそのまま潮風で錆ついています。
家は土台だけが残され、後は、跡形もなく、流されていました。
ここに確かに街が存在し、人々がごく普通に生活していたことを
想像すると、胸が痛みます。

防波堤は、バスの車内から海面が見えない程の高さが
あるにもかかわらず、津波は、その高さをはるかに越えて、
押し寄せたことに想像しがたい恐怖を覚えました。

被災された方々の話は、車を運転していた時に津波に
巻き込まれ、幸い木にひっかかり難をのがれた人、
津波が押し寄せて来る前に日分の食料を積んで沖へ出て、
船が流されずに済んだ人、
そこにあった階段を真っ直ぐかけ登った人は津波にさらわれ、
横道にそれた人は助かったなど本当に様々でした。

震災前から津波の多い地区でもあった岩手県の子供達は、
津波がきたら、てんでこ(一人で)逃げろと日頃から教育され
難を逃れたそうですが、宮城県の子供達は、冷静に点呼をしたことで
多くの子供が逃げ遅れたそうです。その中の2人の子供は、
彼らのわんぱくさから、勝手に高台へ逃げたお陰で
助かったそうですが、自分達だけが助かった事を責め、
心に深い傷を負ったと聞きました。
運命とひとことでは片づけられずに重いものを感じます。

またある方は、震災後3日目に息子さんと再会され、
枕を並べて寝た時には、夢ではないかとそっとその手を握ったと
話され、思わず涙がこぼれました。
被災者の方々が、今もなお当時の状況を止めどなく
話される姿に触れ、心に受けられた深い傷が癒える日が
来るのだろうかと悲痛な思いが込みあげます。
しかし同時に、被災者の方々自身が
自分達の力で前を向いて歩いていこうという決意にも、
胸を打たれました。
私達もまだまだ手助けする事が、ありそうです。

震災の後800人もの方々が、避難生活されていたという場所で
皆さんと一緒にトリム体操をしました。













体を動かしながら、健康の大切さを再確認し、
気持の良い汗をかきました。
「いつでも どこでも だれにでも」出来るこの体操は、
やはりいい体操だと思います。

苦しみや悲しみを乗り越えて、貴重なお話をしてくださった方々に
心から感謝いたします。
旅の間、雨の予報に皆で心配しましたが、恐山を歩く時も、
奥入瀬を歩く時も、歩き終え、直後に雨が降るなど
幸い一度も傘をさすこともなく、楽しむことができました。
満開の花を見ては「きれかーきれかー」という佐賀弁に
頬がゆるむ素晴らしい旅となりました。













【九州トリム体操協会 松永貴子記】